「大伴家持・・・亡き妾を悲傷する」

 大伴家持(以下、家持)は、二十二歳の時に最初の妻(妾)を失う。しかし、万葉集に妻の名はなく、「()(をみなめ)」と記されているだけである。そのと家持の間に子が一人生れているが、子の名前はなく、若子(みどりこ)とだけある
 
その「()(をみなめ)の死を悲傷(ひしょう)して家持が作った歌である。

 天平十一年(七三九年)、家持が「亡き妾」を悲傷(かなし)びて作る歌
 十一年己卯夏六月 大伴宿禰家持 悲傷亡妾作歌一首(漢文)

(いま)よりは 秋風(あきかぜ)(さむ)く ()きなむを いかにかひとり (なが)()()む』
従今者 秋風寒 将吹焉 如何独 長夜乎将宿(万葉仮名)(巻三 四六二)
 「これから寒く秋風が吹くであろうに、如何にして一人で長い秋の夜を過ごせばよいのであろうか。」

この歌に和(わ)して家持の弟の書持(ふみもち)の歌である。
 弟大伴宿祢書持即和歌一首(漢文)

(なが)()を ひとりや()むと (きみ)()へば ()ぎにし(ひと)の (おも)ほゆらくに
長夜乎 独哉将宿跡 君之云者 過去人之 所念久尓(万葉仮名)(巻三 四六三)
 「長い秋の夜を独りで寝ると貴方が言うと、過ぎ去ってしまった人が思い出されてなりません。」弟の書持は、家持の「亡き妻」を「過ぎにし人(過去人)」と表現し、「兄嫁」のことを悲傷(ひしょう)している。

また、家持が家の軒下に咲いた「なでしこ」の花を見て作った歌である。
 又家持 見砌上瞿麦花作歌一首(漢文)

(あき)さらば ()つつ(しの)へと (いも)()ゑし やどのなでしこ ()きにけるかも』
秋去者 見乍思跡 妹之殖之 屋前乃石竹開家流香聞(万葉仮名)(巻三 四六四)
 「秋になれば(この花を)見つつ私を思い出してくださいと言い、妻が植えた軒下のなでしこが咲いたよ。」亡き妻は、なでしこを植えながら、花の咲く秋にはこの世に居ないであろうと家持に言った。死期を予測していたのであろう。

 そしてまた、月が替わり、その月の一日に秋風を悲嘆して家持が歌を作る。
 移朔而後 悲嘆秋風 家持作歌一首

空蝉(うつせみ) ()(つね)なしと ()るものを 秋風(あきかぜ)(さむ)み (しの)びつるかも』
虚蝉之 代者無常跡 知物乎 秋風寒 思努妣都流可聞(万葉仮名)(巻三 四六五)
 「(うつせみの)世に常は無いと知ってはいるが、秋風が寒くて思い出してしまうのだよ。」

 さらに、家持の作った歌(長歌と短歌)である。
 又家持作歌一首 并短歌

()がやどに (はな)()きたる そを見れど 心もゆかず (はしき)やし (いも)がありせば ()(かも)なす 二人(ふたり)(なら)() 手折(たを)りても ()せましものを 空蝉(うつせみ)の ()れる()なれば (つゆ)(しも)()ぬるがごとく あしひきの 山道(やまぢ)をさして 入日(いりひ)なす (かく)りにしかば そこ()ふに (むね)こそ(いた)き ()ひもえず 名付(なづ)けも()らず (あと)もなき ()(なか)なれば せむすべもなし』
吾屋前尓 花曾咲有 其乎見杼 情毛不行 愛八師 妹之有世婆 水鴨成 二人双居 手折而毛 令見麻思物乎 打蝉乃 借有身在者 露霜乃 消去之如久 足日木乃 山道乎指而 入日成 隠去可乎婆 曾許念尓 胸己所痛 言毛不得 名付毛不知 跡無 世間尓有者 将為須弁毛奈思(万葉仮名)(巻三 四六六)
 「私の庭に花が咲いています。その花を見ても心は晴れない。懐かしく愛しい妻が生きていたなら、(雄と雌の)鴨のように二人は寄り添い、(なでしこの花を)折り取って(妻に)見せたいと思うのに(うつせみの)妻は借りの身であるから露や霜のように消えてしまい(あしひきの)山道を照らす夕日のように(山に)隠れてしまった。それを思うと胸が痛くなる。(その痛みは)言いようもなく、譬えようもない。人の歩んだ跡も残らない(無常の)世の中であるから、どうすることも出来ない。」妻と二人で雄と雌の鴨のように仲良く居て、なでしこの花を摘んで妻に見せたかったのに・・・痛恨の極みである。と、家持は何とも痛切に嘆いている。

 反歌(短歌)

(とき)はしも いつもあらむを (こころ)(いた)く ()()(ぎも)か 若子(みどりこ)()きて』
時者霜 何時毛将有乎 情哀 伊去吾妹可 若子乎置而(万葉仮名)(巻三 四六七)
 「(妻が死ぬことは)今でなくともよかったのに、心哀しく死んで行く妻よ。若子(みどりこ)を残して。」死に行く妻の心情を思う家持の思いは痛切である。

()でてゆく (みち)()らませば あらかじめ (いも)(とど)めむ (せき)()かましを』
出行 道知末世波 予 妹乎将留 塞毛置末思乎(万葉仮名)(巻三 四六八)
 「(妻があの世へと)出かけて行く道を知っていたなら、あらかじめ、妻を通さないように関所を置いたであろうに。」

(いも)()し やどに(はな)()き (とき)()ぬ ()()(なみだ) いまだ()なくに』
妹之見師 屋前尓花咲 時者経去 吾泣涙 未干尓(万葉仮名)(巻三 四六九)
 「妻が見ていた軒下に花が咲き、時は過ぎて行く。しかし、私の涙は未だ乾きはしないよ。」

 大伴家持の「亡き妾」を悲傷して作った歌は、この後、題して「悲しみは未だやまず、さらに作った歌五首(下記)」があり、合計十三首である。(十三首の中に書持の歌一首あり)


「悲しみは未だやまず、さらに作った歌五首」
悲緒未息 更作歌五首(漢文)

『かくのみに ありけるものを (いも)(あれ)も 千歳(ちとせ)のごとく (たの)みたりけり』
如是耳 有家留物乎 妹毛吾毛 如千歳憑有来(万葉仮名)(巻三 四七0)
  「しょせんはこのようにしかならなかったであろうに、妻も私も千年も生きれると思っていた。」

家離(いへざか)り ()ます(わぎ)()を (とど)めかね (やま)(がく)しつれ (こころ)どもなし』
離家 伊麻須吾妹乎 停不得 山隠都礼 情神毛奈思(万葉仮名)(巻三 四七一)
 「家を離れて行ってしまう妻をとどめることが出来ず、元気を失くしてしまったよ。」

()(なか)し (つね)かくのみと かつ()れど (いた)(こころ)は (しの)びかねつも』
世間之 常如此耳跡 可都知跡 痛情者 不忍都毛(万葉仮名)(巻三 四七二)
 「世の中は常にこのようなものであると知っていたが、心の痛みを堪えることが出来ない。」

 家持は妻を住んで居た近くの「佐保山」で火葬した後、葬ったと思われる。

佐保山(さほやま)に たなびく(かすみ) ()るごとに (いも)(おも)()で ()かぬ()はなし』
佐保山尓 多奈引霞 毎見 妹乎思出 不泣日者無(万葉仮名)(巻三 四七三)
 「佐保山にたなびく霞を見る度に、妻を思い出して泣かない日はないのですよ。」佐保山にたなびく霞を見ると、妻を火葬した時の煙を思い出してしまう。

(むかし)こそ (そと)にも()しか (わぎ)妹子(もこ)が 奥槨(おきつき)(おも)へば ()しき佐保(さほ)(やま)
昔許曾 外尓毛見之加 吾妹子之 奥槨常念者 波之吉佐宝山(万葉仮名)(巻三 四七四)
 「以前は思いもしなかったが、私の妻の墓所と思うようになり、(なおさら)懐かしく愛しい佐保山よ。』

 ()(をみなめ)」の歌を詠んだのは家持、二十二歳であるが心情を見事な歌で顕わしている。(完) INTRO

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