「ホーマー富山へ行く(Z)」(松川の歴史と越中万葉の歌碑・歌石版)

      

 「ANAホテル富山」から富山城址公園を通り富山駅方面へ行くと「七十二(しちじゅうに)(ほう)(ばし)」がある。その橋の欄干がステンドグラスで飾られている。橋は松川に架けられていて、橋のたもとに「松川の歴史と越中万葉の歌碑・歌石版」がある。
 これらの歌碑や石版(@〜Q)は松川添いにあり、富山県民会館(@)から舟橋、松川橋、最後(Q)は「高志の国文学館」にある。

@立山(たちやま)に ()をけ(ゆき)を 常夏(とこなつ)に ()れども()かず (かむ)からならし
多知夜麻尓 布里於家流由伎乎 登己奈都尓 見礼等母安可受 加武賀奈良之(万葉仮名)(巻十七 四00一)
 『立山に降り積もった雪を(万年雪を)年中を通し、いつ見ても飽きることがない。神の仕業であろう。(美しい!)』(@県民会館横)

Aあしひきの (やま)()(ぬれ)の 寄与(ほよ)()りて 髪挿(かざ)しつらくは 千年(ちとせ)寿()くとそ
安之比奇能 夜麻能許奴礼能 保与等理天 可射之都良久波 知等世保久等曾(万葉仮名)(巻十八 四一三六)
 『(あしひきの)山の梢の「ほよ」を取り、髪に挿すのは千年を命を祝うことなのだよ。』「ほよ」とは、ヤドリギのこと。(左をクリック)A県庁裏)

B(いそ)(うえ)の 都万(つま)()を見れば ()()えて (とし)(ふか)からし (かむ)さびにけり
磯上之 都万麻乎見者 根乎延而 年深有之 神左備尓家里(万葉仮名)(巻十九 四一五九)
 『海岸のタブノキは、多くの根を遠くまで延ばして、何年生きているのであろう。遠く神代からであろう。』都万麻(つまま)とは、タブノキのこと。(B県庁裏)

C山吹(やまぶき)を 宿(やど)()ゑては ()るごとに (おも)いは()まず (こひ)こそ()され
山吹乎 屋戸尓殖弖波 見其等尓 念者不止 恋己曾益礼(万葉仮名)(巻十九 四一八六)
 『山吹を庭に植えたが、この花を見る度に貴女に焦がれてしまうのです。』日毎に貴女が恋しくなります。C県庁裏)

Dこの(ゆき)の ()(のこ)(とき)に いざ()かな (やま)(たちばな)の ()()るも()
此雪之 消遺時尓 去来帰奈 山橘之 実光毛将見(万葉仮名)(巻十九 四二二六)
 『この雪が消え残っている間に、いざ、行こうじゃないか。山の橘の実が輝いているのを見ようぞ。』D警察本部裏)

E(はる)(その) (くれなゐ)(にほ)ふ (もも)(はな) (した)()(みち)に ()()娘子(をとめ)
春苑 紅尓保布 桃花 下照道尓 出立憾嬬(万葉仮名)(巻十九 四一三九)
 『春の園に桃の花が紅(くれない)に照り輝いている。その桃の園に立つ乙女の姿よ。』桃の花が照り輝き、乙女も輝いている。E警察本部裏)

F()神川(かみかは) (くれなゐ)(にほ)ふ 娘子(をとめ)らし (あし)()()ると ()()たすらし
乎加未河泊 久礼奈為尓保布 乎等売良之 葦附水松之類等流登 湍尓多々須良之(万葉仮名)(巻十七 四0二一

 『雄神川(小矢部川・庄川)が(くれない)に照り輝いている。乙女らが葦付き(川の藻)を採るため瀬に立っているらしい。の衣のが濡れて、なおいっそう紅の色が川面に映えている。(と誰かが話してくれた)F警察本部裏)色は匂へと)へ

Gほととぎす (いと)(とき)なし あやめ(ぐさ) (かづら)せむ() こゆ()(わた)
保等登芸須 伊等布登伎奈之 安夜売具左 加豆良尓勢武日 許由奈伎和多礼(万葉仮名)(巻十八 四0三五)
 『ホトトギスよ、いつも大歓迎だよ。特に、あやめ草で蔓(かずら)を作っている日に、鳴きながら通ってほしいのだ。』蔓は頭に被るモノである。G松川沿い)

Hほととぎす いとねたけくは (たちばな)の (はな)()(とき)に ()()きとよむる
保登等芸須 伊登袮多家口波 橘乃 播奈治流等吉尓 伎奈吉登余牟流(万葉仮名)(巻十八 四0九二)
 『ほととぎすが癪の種なのは、橘の花が散ってしまってから来て鳴くからだ。』咲いているときに鳴いてくれよ。H松川沿い)

I撫子(なでしこ)が (はな)()るごとに 娘子(をとめ)らが (わら)まひの(にほ)ひ (おも)ほゆるかも
奈泥之故我 花見流其等尓 乎登女良我 恵末比能尓保比 於母保由流可母(万葉仮名)(巻十八 四一一四)
 『なでしこの花を見る度に、あの娘達の匂うような笑顔を思い出すのだよ。』“娘十八、番茶も出花”と言う歌詞がある。I松川沿い)

J()(その)の (すもも)(はな)か (にわ)()る ()()れの(いま)だ (のこ)りたるかも
吾園之 李花可 庭尓落 波太礼能末 遺在可母(万葉仮名)(巻十九 四一四0
 『私の庭に李(すもも)の花が散っているのだろうか。それとも淡雪が未だ残っているのだろうか。』J七十二峰橋横)

K(あさ)(とこ)に ()けば(はる)けし ()水川(みづかは) (あさ)()ぎしつつ (うた)舟人(ふなびと)
朝床尓 聞者遥之 射水河 朝己芸思都追 唱船人(万葉仮名)(巻十九 四一五0)
 『朝寝していると、遠く、射水川で舟を漕ぎながら歌う船頭の良い声が聞こえてくる。』(K七十二峰橋横)

L皇祖(すめろぎ)の (とほ)御代(みよ)御代(みよ)は い()()り 酒呑(さけの)みきと()ふそ このほほがしは
皇神祖之 遠御代三世 射布折 酒飲等 伊布曾 此保宝我之波(万葉仮名)(巻十九 四二0五)
 『昔々の天皇の頃には、ホホガシハの葉を丸めて酒を呑んだそうだよ。』昔は、葉っぱで酒を造り呑んでいたとのことだ。酒さえあれば何でもイイよ。さあ、呑もうよ、呑もうよ。L松川沿い)

M(いは)瀬野(せの)に (あき)(はぎ)しのぎ (うま)()めて 初鳥(はつと)(かり)だに せずに(わか)れむ
伊波世野尓 秋芽子之努芸 馬並 始鷹?太尓 不為哉将別(万葉仮名)(巻十九 四二四九)
 『石瀬野で秋の萩を踏みながら、馬を並べて初めての鷹狩りさえしないで別れるのか。』家持は越中赴任を終え、都へ戻ることになり、今年は、友(縄麻呂)と鷹狩りが出来ないのを嘆いている。ここ越中(富山)の親友は縄麻呂であったようである。M舟橋横)(ここでも縄麻呂との別れを惜しむ歌を詠んでいる)

N東風(あゆのかぜ) いたく()くらし ()()海人(あま)の (つり)する小舟(をぶね) ()(かく)()
東風越俗語東風謂之安由乃可是也伊多久布久良之 奈呉乃安麻能 都利須流乎夫袮 許芸可久流見由(万葉仮名)(巻十七 四0一八)
 『北東の風が、ひどく吹いているらしい。沖の方では、奈呉の漁師の釣りをする小舟が、見え隠れしている。』N松川沿い)

O珠洲(すず)()に (あさ)(びら)きして ()()れば 長浜(ながはま)(うら)に (つき)()にけりO松川沿い)
珠洲能宇美尓 安佐妣伎之弖 許芸久礼婆 奈我波麻能宇良尓 都奇?理尓家里(万葉仮名)(巻十七 四0二九)
 『珠洲の海を朝、船を港から出し、漕ぎながら長浜の港に着いたが、もう月が出る夜になってしまった。』朝から夜まで船を漕いでいた。お疲れ様です。O松川沿い)(大伴家持 能登半島巡航

P藤波(ふじなみ)の (かげ)なす(うみ)の 底清(そこきよ)み (しづ)(いし)をも (たま)()()
藤奈美乃 影成海之 底清美 之都久石乎毛 珠等曾吾見流(万葉仮名)(巻十九 四一九九)
 『藤の花が咲いて、海に影を落とすくらいである。その花が影をさし、海の底が薄暗くなり、沈んでいる石が宝石に見えてしまう。』P松川橋手前)

Qもののふの 八十(やそ)娘子(をとめ)らが ()(まが)ふ 寺井(てらい)(うえ)の かたかごの(かた)香子(かご)(はな)
物部乃 八十憾嬬等之 ?乱 寺井之於乃 堅香子之花(万葉仮名)(巻十九 四一四三)
 (もののふの)多くの娘達が(次から次と)寺の井戸へ水を汲みに来て、カタクリの花を踏み散らしている。』カタクリの花が乱れ散る井戸の周りで、娘達が華やかに笑っている声が聞こえてくるようである。Q高志の国文学館内)次ページ)へ


七十二峰を擁する立山連峰

七十二峰橋

高志の国文学館

ホトトギス鳴き声

二上山から見る射水川(現 小矢部川)
船頭歌(猊鼻渓下り岩手県)

「雨晴らし海岸」から見る「立山連峰」

藤の花
藤波神社(氷見市)

(大伴家持像)
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