「能登半島の朱鷺(トキ)と万葉集の鶴(ツル)」

能登半島に「朱鷺の台(トキノダイ)」と言う地名がある。昔、この付近に「朱鷺(トキ)」が多数住んで居たと言われる。しかし、羽根が「朱鷺色(トキ色)」で美しく、乱獲され一羽も居なくなったと聞く。(下記「」参照)
 ところで、万葉集に「鶴、沢に鳴く(たづ、さわになく)」という一首がある。
水門風(みなとかぜ) (さむ)()くらし ()()()に (つま)(夫)()()わし (たづ)(さわ)()く((いち)()ふ、(たづ)(さわ)ぐなり
美奈刀可是 佐牟久布久良之 奈古之江尓 都麻欲妣可波之 多豆左波尓奈久 一云 多豆佐和久奈里(万葉仮名)(巻十七 四〇一八 大伴家持作)
 『水門から風が寒く吹いているようである。奈古の江では、妻(メス)と夫(オス)の鶴が互いに呼び合いながら沢で鳴いている。(または、鶴が騒いでいる。)』沢(奈古の江)で「風が強いので互いに気を付けよう、と鶴の夫婦が鳴いている」と「大伴家持」は詠んでいる。
 さらに、万葉集の歌、一首である。
東風(あゆのかぜ) いたく()くらし ()()海人(あま)の (つり)する小舟(をぶね) ()(かく)()
東風越俗語東風謂之安由乃可是也伊多久布久良之 奈呉乃安麻能 都利須流乎夫袮 許芸可久流見由(万葉仮名、漢文)(巻十七 四〇一七 大伴家持作)

 北東の風がひどく吹いている。沖の方では、奈呉の漁師の小舟が、漕ぎながら釣りをしている。その小舟が見え隠れしている。』作者の大伴家持は、海岸から沖を見ているので、大波で小舟が見え隠れするような強い風が吹いていると詠んでいる。
 ここ富山では、「弁当を忘れても、傘は忘れるな!」と言われる。つまり、朝は晴れていても突然、空が急変して、風雨や雷雨が襲って来ることが度々ある。富山湾には暖流と寒流の両方が流れ込み、南に三千メートルの立山連峰が聳えているのが原因である。漁師の小舟が沖で見え隠れしているのは、天候が急変し、海が大荒れになっているからであろう。漕ぎ隠る見ゆとは、素晴らしい表現だと思う。
(注)大伴家持が居た当時(天平18年〜天平勝宝3年、746751年)、「奈古の江」には
「庄川」と「小矢部川」が入り混じり日本海へ流れ込んでいて、汽水域の「沢」であった。
 この沢は後、越の潟と呼ばれるが、高度経済成長時代(昭和三十年頃)に埋め立てら「富山新港工業団地」が出来、また、浚渫され「富山新港」となった。それ迄は高岡市〜新湊地区〜富山市が鉄道で繋がっていたが、新湊地区と堀岡地区は東西に分断され、新湊地区〜富山市は廃線となった。しかし、「富山新港」は外航コンテナ船、客船「飛鳥U」などの大型船が寄港出来る国際港になった。また、新湊地区の「西」に「海王丸一世」が係留され海王丸パーク」があり、「東」に日本海側唯一の富山商船高等専門学校」、ヨットハーバー海竜マリーンパーク」、「近畿大学水産研究所(富山実験場)」がある。そして、「東西」の分断を解消するため「新湊大橋」が完成した。この新湊大橋は、旧新湊市民(現射水市)の約半世紀に及ぶ悲願であり、この大橋に依る「過疎の解消」と「観光客」が期待される。(2012年、完成)また、知る人は少なくなったが、新湊は放生津と呼ばれ戦国時代の一時期であるが、足利幕府(足利義材)が置かれていた。(放生津城放生津小学校) 新湊大橋

 さて、今から約1,300年前は、鶴が富山県に居たことになる。いつ頃から居なくなったのであろう。また、「朱鷺(トキ)」もこの辺りにも居たと思い、「石川県自然保護課」へ問い合わせした。
 
(下記「1」)
「石川県のトキについて」(問合わせ)

 石川県自然保護課殿、早速ですが、「朱鷺の台」と「トキ」について、教えていただきたくメールしました。以前、どこかで能登半島に「トキ」が多数居たとの話を聞いたか、読んだことがあります。教えていただければ、小生のホームページで紹介したいと思っています。よろしく。(2012.6)井上二士夫

井上 二士夫 様(回答)
 ご連絡が遅くなりまして申し訳ございません。お問い合わせいただきました「トキ」についてお答えいたします。能登半島にトキが多数いたということにつきましては、昭和46年に発行された「石川のトキ始末記」に記録が残っており、昭和の初年には能登のトキは約30羽くらい生息していたとされており、また、昭和13年から14年頃には、能登には40〜50羽のトキが生息していたと推定されています。
 また、「能登のトキ」(村本義雄氏著)(NPO法人日中朱鷺保護協会名誉会長)においても、昭和21年に輪島市洲衛で30羽のトキが確認されたと記録が残っています。さらに、これまでの県などによる聞き取り調査では、昭和初期までは、羽咋市眉丈山、輪島市三井、穴水町七海、珠洲市若山町・正院町周辺で、10羽以上の目撃情報が得られていることから、それほど多くはございませんが、過去には能登半島でトキが生息しておりました。
 その後は、減少の一途をたどり、昭和45年(1977年)に本州最後のトキ”能里”が捕獲され、佐渡に移送されたことから、能登からトキが姿を消しました。
 「朱鷺の台」は、眉丈山周辺にかって
「トキの餌場」があり、その場所に建設されたゴルフ場の名称(朱鷺の台CC)に使われているものです。よろしくお願いいたします。石川県自然環境課自然公園鳥獣グループ TEL076-225-1477 石川県のトキ)へ
「石川県のトキについて」(御礼)
 
早速のご回答ありがとうございました。想像していた通りでした。残念ですね。石川県、また、村本義男氏も「佐渡ケ島のトキ保護活動」に貢献されていたのですね。石川県の今後の保護活動を期待します。(2012.6 井上二士夫記)(万葉集「大伴家持・能登半島巡航」)へ (飛騨鰤、越中鰤)へ


トキ雛の誕生・自然繁殖」(動画)

丹頂鶴(画像

「海王丸U世」の富山湾「岩瀬港」に於ける座礁
北陸の海難に学ぶ

能登半島」(歌、石川さゆり)

能登半島「千里浜ドライブウエイ

能登半島輪島市白米「千枚田の秋」(画像)

海王丸T世パーク


海王丸パーク(富山新港臨海野鳥園)

新湊大橋」(2012.9 完成)
(写真をクリック)

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