「忍び出る男・・・万葉集」
 天平時代の男と人妻らしい女の関係を二首の歌で紹介する。
(おほ)ろかに (あれ)(おも)はば かくばかり (かた)御門(みかど)を (まか)()めやも
凡 吾之念者 如是許 難御門乎 退出米也母(万葉仮名)(巻十一 二五六八)
 『貴女をいいかげんに思っているのであれば、これほど守衛が厳しい門を抜け出してまで逢いにゆくことなどしない。それほど貴女を思っています。』この歌の作者は、役人であり、勤務中に「堅き御門」、つまり宮廷、もしくは、国府など、門番に見つからないように女に逢いに行くと言っている。

また、次のような歌がある。

山川(やまかわ)に (うへ)()せて ()りもあえず (とし)八年(やとせ)を ()(ぬす)まひし
山川尓 筌乎伏而 不肯盛 年之八歳乎 吾竊儛師(万葉仮名)(巻十一 二八三二)
 『山の川に魚を取るための筌(ウエ)を仕掛けたが、見張らないのを良いことに、八年間も魚を盗み続けてやったよ。」と、魚をうまく盗んだと自慢している。(左は魚を捕獲する「筌(ウエ)
 これは「盗み魚」があり、それをなぞらえて夫が居ない時に、その妻と逢い引きを重ねた。魚を人妻になぞらえてと八年間も不倫を重ねた男の歌である。

これら二つの歌から想像してみると、男は宮廷、もしくは、国府に勤める役人であり、女は夫がほったらかしにしている人妻である。男と夫は同じ庁舎に勤務する役人で、夫は仕事に真面目なので門を抜け出したりしない。故に夫は妻が何をしてもわからない。
 つまり、男は常時、夫が勤務していることを知ることが出来、男が妻の家へ行っても夫に見つかる心配はない。つまり、男は職場を「忍び出て」人妻に八年間もの長きにわたり逢い引きを重ねた。夫にバレたらオオゴトだ。これは「落語」になるのではないか。イヤ、今もこのようなヤツがそこらにいるかも知れない。(完)
 この男と人妻の結末は
長良川艶歌」、または、「さざんかの宿」である。

「忍び出る女・・・万葉集」

 さて、万葉集にも男に逢うため「忍び出る娘」の歌がある。
 『奈良の長谷で夜這いをした天皇さま。家の奥には母親が寝ているし、出口には父親が寝ています。夜中に起きて立ち上がれば母親が気付くし、家から出ようとすれば父親に見つかる。そうこうするうちに夜が明けてしまうのよ!。(こんな自由にならない隠し妻はもうイヤだわ。)』
娘は天皇を引き合いに出し、天皇さんも夜這いをしてたのだから、わたしが夜這いしても構わないでしょう。「ねエ、わたしの天皇さん。」と言っている。
こもりくの (はつ)()小国(をぐに)に よばひせす ()天皇(すめろき)よ (おく)(とこ)に 母は()ねたり ()(どこ)に父は()ねたり ()()たば 母知りぬべし ()でて()かば 父知りぬべし ぬばたまの 夜は明け()きぬ ここだくも 思ふごとならぬ (こも)り妻かも
隠口乃 長谷小国 夜延為 吾天皇寸与 奥床仁 母者睡有 外床丹 父者寝有 起立者 母可知 出行者 父可知 野干玉之 夜者昶去奴 幾許雲 不念如 隠孋香聞(万葉仮名、巻十三 三三一二)
 この娘さんは父にも母にも彼のことを話していなくて、夜中に家を抜け出して逢いに行こうとして機会を逃し、「わたしはナント思いどおりにならない不自由な隠し妻なのよ。」と嘆いている。おそらく昼の間に彼と今夜は逢いに行くわよ!と約束していたのであろう。これは男女が逆の万葉版ロメオとジュリエットですね。イタリアは十五世紀で万葉集は八世紀である。日本の「ロメオとジュリエット」の方が七百年も早くて、日本版は「ジュリエット」(娘さん)が夜這いをしている。
奥山(おくやま)の 真木(まき)板戸(いたど)を とどとして ()(ひら)かむに ()()()さね
於久夜麻能 真木乃伊多度乎 等杼登之弖 和我比良可武尓 伊利伎弖奈左祢(巻十四 三四六七)

 『山奥の槇(まき)の木で作った板の戸をトントンと叩いてね。わたしが戸を開くわ。家へ入って二人で一緒に寝ましょうよ。』彼が逢いに来れなくなってしまったので、彼を家へ引き入れるようとして、娘が作って彼に贈った歌である。
 この娘の方が親としては安心ですよね。彼がやって来たらわかるし、どんな彼か楽しみもある。そうそう、いっそのこと、二人にコソコソ逢ったりさせずに、さっさと婿にしてしまったらよい。できちゃった婚でもいいではありませんか。(完)”あんたの娘を信じなさい”学生節です。
 (一盗男 
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「国府の想像画」

夜想曲ショパン第2番Op9変ホ長調
(To love again

ロメオとジュリエットのテーマ
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