「日本メダカの放流の勧め」(日本メダカを絶滅から救う)

 日本メダカ」の種類は、遺伝子の識別で「南日本集団」と「北日本集団」の 2 種に大別されている。
また、「日本メダカ」の遺伝子解析が進み、アジア大陸由来と考えられていた「日本メダカ」は、日本独自の遺伝子を持つことが判明した。また、河川の水系毎に遺伝子が異なるとされ、故に「日本メダカ」の南北の「混血」をさせてはならないと言う。しかし、そもそも「日本メダカ」ならぬ「日本人」は「原住民」、「南方渡来」、「大陸渡来」、「北方渡来」の少なくとも四種のモンゴロイドなどの混血である。「日本人」とは、「日本国籍」を持ち「日本を大切にする人々である」と言うことで良いと思う。さらに言えば、アフリカに人類の起源があるなら「日本人」は元「アフリカ人」となる。
 
「日本メダカ」の「南日本集団」と「北日本集団」の区別を無意味とは言わない。しかし、その混血を許さず「日本メダカ」を絶滅危惧種のまま保護せず、また、増やす手立てをしないのは無策と言わざるを得ない。さらに、人為的に増やした混血「日本メダカ」の放流を声高に非難するべきでないと思う。
 また、「ヒメダカ」が一部の小学校で「日本メダカ」として飼育されているが、「ヒメダカ」は元々、「日本メダカ」の変異体であり遺伝子的には「日本メダカ」である。「ヒメダカ」は劣性遺伝であり、「ヒメダカ」を「日本メダカ」と 23 代に渡り交配させれば「日本メダカ」に本家帰りする。つまり、「ヒメダカ」が住む地域に「日本メダカ」を放流すれば「ヒメダカ」は「日本メダカ」となる。
 さて、太古から「日本メダカ」は全国至る所に居たのであろうか。ついぞ、「日本メダカ」の化石の発見は聞いたことがないので、日本の何処に生息して居たのか不明である。
 また、「日本メダカ」は、河川に稀なのは泳ぎが下手だからである。一方、「日本メダカ」は、水田、水たまり、側溝などに住むが池や沼には少ない。「日本メダカ」は食物連鎖の底辺にあり、ウナギやナマズなどに捕食される。故に「日本メダカ」は、メダカを捕食する淡水生物の居る河川、池、沼では殆ど見かけない。また、他の魚を捕食する外来魚のブラックバスやブルーギルは、水田、水たまり、側溝などには住まないので、メダカは捕食されずに住んでいる。

 ところで、「日本メダカ」の伝播・拡散には、「稲種」による「出挙」が大きく影響したと思われる。「出挙」は孝徳二年(六四八年)に「貸稲(いらしのいね、日本書紀)」とあり、これが「出挙」の始まりである。そして、律令(八世紀)に「出挙」の文字が初めて記されている。出挙」は元々、農業生産の推進と奨励であり、即ち勧農である。具体的には「種稲」を貸し出し、収穫時に農家が借りた「種稲」に対し、利息を付け「米」を年貢として政府へ治める。不作や飢饉などで米の収穫が少ない場合は、年貢を納めることが出来ない。つまり、年貢の免除となる。これは極めて人道的である。例えば、天平時代の「万葉集(四千五百十六首)」の中に「人が飢え死にした」若しくは「飢え死にしそうである」とのような歌はない。また、ひどい生活困窮の歌もない。今の日本と比較して天平は良い時代であったようである。
 ところで、私の実家(兵庫県小野市)では、昭和三十年台、稲の「苗」が不足した近隣の農家に「苗」を無償で提供していた。この「苗」に「日本メダカ」の卵が付着していた。この「苗」は、川向うの知り合い、また、山を越えた知り合いにも提供した。つまり、この「苗」の移動が弥生時代にもあったと思われ、これにより「日本メダカ」の伝播・拡散は「稲」の耕作地増加に連れ「稲」と共に「日本メダカ」も日本列島に伝播・拡散したのであろう。出挙について

今、「日本メダカ」が環境省で「絶滅危惧種」になっている。「混血の日本メダカ」であれ、「ヒメダカ」であれ、メダカの放流を非難して、何もせず「日本メダカ」を「絶滅」させてはならないと思うのである。「日本メダカ」を子供たちが見て「メダカの学校」を歌えるような故郷(日本)にしようではありませんか。(完)(対論、メダカの放流をやめよう)へ(日本メダカの現在の状況)へ TOP


水稲

(農閑期の水田 2012.5)

「メダカの生息分布図」H16年
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