『津波に耐えた希望の松・・・陸前高田市』
 大津波で壊滅した陸前高田松原(岩手県)に一本の松が残った。平成二十三年三月十一日、東日本大地震の大津波に耐えた高田松原唯一の黒松である。

 春の日の こ高き丘にのぼり居て 沖ゆく船を 見れば思ほゆる 清き浜辺の高田松原

大津波 沖海原より襲ひ来て 松原の失せ 家も失せ 庭垣も失せ 家の跡すら消え失せぬ 里人いかにおはすらむ 共に居し 犬や猫ども 今いづこにや あれもこれもと眺むれば 学び舎の ありし辺りのみ偲ばるる 松原に 数多とありし黒松の 一本のみは残りしが 妻も子もなく 親なく友なく 立つは寂しからずや

 この一本の松の辺りで多くの松が倒れている。近くに小松が育ってほしい。

ふるさとは 津波に消えぬ 堪へ残る 汝も必ず 松原となれ

現在、高田松原約七万本あった松のうち一本だけは津波の猛威に耐え、瓦礫の中で空に向って立っていて、「希望の松」と呼ばれている。
高田松原と陸前高田市の復興を祈る。
平成二十三年四月一日 長歌及び短歌 作 井上二士夫

再び『津波に耐えた希望の松・・・陸前高田市』
 聞くところによれば松は辺りの松と根を組んで、仲間と共に身を守るとのことである。
 晴れの日の 蒼き海原白砂に 波打ち寄する 高田浜 いかに恨みはあらふとも いかに明日は見えずとも 雪にも風にも堪へぬきて いつか仲間と根を組みて いつか汝が子と連なりて いつか数多の松となれ 元の爽けき松原となれ
 吾もまた いかで仲間と肩組みて いかで吾が子と連なりて いかでか故郷成すべきや いかでか成さずておくべきや

再び、高田松原と陸前高田市の復興を祈る。平成二十三年四月十日 作 井上二士夫


高田松原


瓦礫に残った希望の松
(産経新聞)



希望の松再生プロジェクト


『つなみにまけなかったきぼうのまつ・・・りくぜんたかだし』(だれにもよめるようにつくりかえました)

 春の日に こだかいおかに のぼったら 海を大きい 船がゆく きれいな浜と 高田松原 思い出す 大つなみ 海の方から やって来て 松原もなく 家もなく 庭垣もなく 家のあとなど 消えてない みんなどうして いるだろう そばにいた イヌやネコさん 今どこに あれもこれもと 見ていたら 学校の あったあたりが 見つかった 松原に たくさんあった くろ松は いっぽんだけは のこったが 父ちゃん母ちゃん 友達もなく 立っているのは さびしくないか

この一本の松の辺りで多くの松が倒れている。近くに小松が育ってほしい。

ふるさとは つなみに負けた ガンバッて 君らもいつかは 松原となれ

(おさないおこさんにもよめるようにつくりかえました)
(注)この希望の松は切り倒されるが、子供の松が育っている。(平成二十四年九月十一日)
歌でつなごう・・・千昌夫」
 一本の松」作詞:喜多條忠 作曲:船村徹 「南部蝉しぐれ」作詞:久仁京介 作曲:四方章人
 万葉集の「浦島太郎」は津波の例である。
 自作詩 Poem 
TOPへ 

inserted by FC2 system