「風の盆恋歌・・・一盗男」

男に「色道」という「遊び」があり、その上位が「一盗」である。「一盗、二婢、三妾、四妓、五妻」「一盗」である。(一盗以下の説明
 万葉集(天平時代)に八年間にわたり人妻と関係を持った男が居たのに対し、現代はその上の二十年にわたるのがこの「風の盆恋歌」の男である。(万葉集の一盗男
 「もう一度私を風の盆に連れて行ってください。」、「死んでもいい」。不倫という名の禁断の恋を知った今は・・・人生観が変わる。ぼんぼりに灯がともり、胡弓の音が流れるとき、風の盆の夜がふける。「越中おわら」の夜に、死の予感にふるえつつ、忍び逢う男女。心を通わせながら離れ離れに、二十年の歳月を生きた男女が辿る、危うい恋の旅路を、金沢、パリ、八尾、白峰を舞台に、美しく描き出した直木賞作家の小説が「崖の上の人」である。

 歌謡曲「風の盆恋歌」の歌詞は、小説「崖の上の人(高橋治著、新潮文庫、一九八七年)」を元に「なかにし礼氏」が作った。また、この小説を「佐久間良子」と「高橋幸治」が帝劇で主演し、また、テレビドラマ化された影響で「越中おわら風の盆」の人出が三万人から三十万人になったと言われる。 小説の筆者、高橋治は金沢の旧制四高出身の松竹映画監督で、毎年九月の風の盆には必ず八尾に滞在するという。小説のアラスジは昔、学生時代に付き合いのあった女性が突然現れ、夫々(それぞれ)安定した家庭を築いていたが、子供も大きくなった今、学生時代、互いに好きだったのだと気付く。「おわら風の盆」の限られた日に、家庭の日常を離れて毎年、八尾で密会を重ねることになり、二人は遂に破滅への道を辿る。

ところで、「酔芙蓉(すいふよう)」は朝、白い花を咲かせる。しかし、夕方には酔ったように赤くなり花は落ちる。艶やかであり、そして、悲しい花である。その酔芙蓉のように物語は進行する。また、小説の筆者は、この物語を通して「幻」のような「風の盆」を描きたかったに違いない。
 「風の盆、おわら祭り」の「幻」は朝の明け方にある。山の冷気が流れる中、町の坂道を胡弓と三味の音に合わせ、高音の歌声は山に木霊(こだま)するように響く。編み笠を深くかぶった女衆と黒装束の男衆の踊りが八尾の町を流して行く。朝霧が立ち込め、やがて「幻」の人々は夜明けと共に消えてゆく。弔いの人々が死者を送って行くようだとも言われ、幽玄の世界が越中八尾の風の盆に出現する。さて、「若い日の美しい私を抱いて欲しかった。」は、ヒロインの叶わぬ悲しい思いである。
 人それぞれに、今、結婚してそこそこの幸せがある。 しかしもし、昔の恋人と結婚していたらどうであろう。と、ふと思うかも知れない。現実の日常からタトエ一日でも離れたい。その人と一緒に暮らす「幻」を抱くこともあろう。「風の盆恋歌」の歌詞の中にも、「現実」と「幻」と言う二つの世界に身を置く男女の苦悩と歓喜がある。心の中で秘かに期待する「幻」を描いているのが、この小説と歌の魅力ではなかろうか・・・。

 「花盗人の罪は問わない」というが「男冥利に尽きる」のは、高橋幸治が演じる相手の男である。不倫は罪である。しかし「儚く消える恋の幻」を作った男に「盗人にも三分の理」であると言いたい。(完)

 風の盆恋歌」の歌詞と歌  
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川島なお美さん
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