「人を恋ふる歌」作詞 与謝野鉄幹 作曲 不詳

与謝野鉄幹」は、明治六年(一八七七年)、京都の寺の四男として生まれた。落合直文に師事し、歌人、詩人として活躍。初め壮士風の詩も作ったが、やがて恋の歌も作るようになった。彼の妻は「君死にたまふことなかれ」(小さな資料室 資料67より)などの作者の「与謝野晶子」である。

一、妻を(めと)らば (さい)()けて 身目(みめ)(うるわ)わしく (なさ)けあり 友を選ばば 書を読みて 六分(りくぶ)の侠気 四分(しぶ)の熱

(注)「(さい)()けて 身目(みめ)(うるわ)わしく (なさ)けあり」とは、「賢明で才能が有り、姿や瞳が美しく、心優しい」の意。ただし、身目は、見目、または、眉目とも書く。「六分」は「リクブ」と読む。「侠気」は、弱者を助けたい心根などを言う。熱とは情熱のこと。
When you marry a woman, wed a smart one,wed a beautiful woman with a warm heart.When you yearn for a friend, find one who loves books.And his heart is two-thirds chivalry, one-third fire.

二、恋の命を (たづ)ぬれば 名を()しむかな (をのこ)(ゆゑ) 友の情けを (たづ)ぬれば ()のあるところ 火をも踏む

(注)「名を惜しむ」とは、「名を汚さない」、恋したとしても、恥ずかしい言動をせず、誇りを持つこと。「義」は、守るべき正しい道、人としてなすべき事を為すこと。「火をも踏む」とは、一歩も下がらず、危険にも立ち向かうこと。
When he's asked about how mere love should be.He as a man might value honor above it.When asked about fond friendship, though,he as a man would crawl through fire to have it.

三、花の乙女に 恋すとも 色に迷うと 言う(なか)れ 若き男児の 胸に咲く 唐紅(からくれなゐ)の 色に満つ

(注)唐紅(からくれなゐ)、または、韓紅(からくれなゐ)とは、唐(中国)、または、韓(朝鮮半島)より伝わった
紅色(くれなゐいろ)(紅花で染めた色)のこと。千早ぶる 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは在原業平朝臣作) 散った紅葉で竜田川の水面がからくれなゐに染まっている (色は匂へと)へ
If I would like a nice girl,don’t say I’m crazy.I am a young guy who have so many nice red roses on his chest.

四、()めや美酒(うまざけ) (うた)() 乙女(をとめ)の知らぬ 意気地(いくじ)あり 簿記(ぼき)の筆とる 若者に (まこと)(をのこ) 君を見る

(注)「歌ひ女」とは、詩歌(しいか)音曲(おんぎょく)を良くして、宴席に(はべ)り、優れたホスピタリティーを発揮して接待する女性。古くは、「遊行婦女(うかれめ)」、「白拍子(しらびょうし)」などである。昨今、少なくなったが、粋な芸妓(げいぎ)芸者(げいしゃ)である。「歌ひ女に 乙女の知らぬ 意気地あり」とは、「歌ひ女」、つまり、接客を生業(なりわい)としながらも、例えば、憂国(ゆうこく)(じょう)を持つ巷間(こうかん)の女性などである。そして、乙女(ここでは一般の女性)は持たない「心意気」を持つ「歌ひ女」が存在したと言っている。また、「簿記(ぼき)の筆とる若者」とは、お金の勘定をする実業の青年を言う。つまり、勇ましいばかりが男ではない。(遊行婦女)へ
Pour excellent sake in the singing girl's cup.She proves more mettlesome than the girls we know.When asked about you, young man, bookkeeper,I'd answer I found one faithful comrade in you.

五、あゝ(われ)ダンテの ()(さい)なく バイロン、ハイネの 熱なきも 石を(いだ)きて
 ()歌う 芭蕉のさびを (よろこ)ばず

(注)「ダンテ」はルネサンスの先駆となったイタリアの詩人。「バイロン」はイギリスの代表的詩人であり反俗の青年貴族であるがヨーロッパを遍歴し、ギリシア独立戦争に加わり、客死した。「ハイネ」はドイツの詩人。「芭蕉のさびをよろこばず」は、俳句の「さび(古びて枯れた味わい)」を好まないの意。それ(俳句)よりも鉄幹は、情熱であろう。なお「あゝ我ダンテの詩才なく」は「あゝ我コレッヂの奇才なく」としている文献が多い。
Ah! I lack Dante's uncanny gift.I lack the passion of a Byron or a Heine.However, I can not enjoy Basho the poet,who was deeply moved even by a roadside stone.

六、人や(わら)わん 業平(なりひら)が 小野(おの)山里(やまざと) 雪をわけ 夢かと泣きて 歯がみせし 昔を慕う むら(ごころ)

(注)「業平」は、平安歌人の在原業平(ありわらのなりひら)のこと「業平」の忘れては 夢かとぞ思ふ 思ひきや 雪踏み分けて 君を見むとは」を元にしている。「歯がみせし」は、悔しがるの意。「昔を慕う むら心」とは、昔を懐かしむのを人は笑うであろうが、しかし、心はそうなってしまうのである。

七、見よ西北(せいほく)に バルカンの それにも似たる 国のさま (あや)うからずや (くも)()けて 天火(てんか)一度(ひとたび) ()らんとき

(注)「バルカン」は「バルカン半島」のこと。地政学では、半島は民族の興隆と衰退が繰り返され、争いが絶えないと言う。「バルカン半島」は、第一次世界大戦の発火点となった。「見よ西北にバルカンの それにも似たる国のさま」とは、日本の西北にバルカン半島に似た国情の国があるの意で、朝鮮半島のこと。日本とロシアとの勢力争いとなり、乱れている朝鮮半島の状況がバルカン半島の歴史に重ね合わされている。「天火」とは、大事変のこと。現代も朝鮮半島は、南北に分断されていて平和とは言えない。

八、妻子を忘れ 家を捨て 義のため恥を 忍ぶとや 遠く逃れて 腕を()す ガリバルディや 今いかに

(注)「妻子を忘れ家を捨て・・・」八紘一宇を目指して果たせず、追われて国外に逃れている志士や盟友のこと。「義」は、他人に対して守るべき正しい道、人としてなすべき事。「腕を摩す」は、むずむずと腕をさすっている様子。「ガリバルディ」は、イタリアの軍人で、幾度か国外へ逃れつつ、小国に分裂していたイタリアの統一に生涯をささげた熱血の英雄。我らも日本の「ガリバルディ」となろう。の意。

九、玉を(かざ)れる 大官(たいかん)は みな北道(ほくどう)の 訛音(なまり)あり 慷慨(こうがい)よく飲む (さん)(なん) 健児は(さん)じて 影もなし

(注)「玉を飾れる大官」とは、朝鮮の高級官僚を指す。「北道」は朝鮮北部の黄海道・平安道・咸鏡道をいい、「三南」は南部の忠清道・慶尚道・全羅道を指す。「訛音」は、なまり、方言のこと。「慷慨よく飲む」は、世の中を嘆いて酒を飲むこと。「健児は散じて 影もなし」は、清々しく逞しい人々は、居なくなってしまった。

十、四度(よたび)玄海(げんかい) 波を越え (から)(みやこ)に ()てみれば 秋の日かなし 王城(おうじょう)や 昔に変る 雲の色

(注)「四度玄海の 波を越え」は、九州から玄界灘を四度も越えて、鉄幹は朝鮮半島へ行った。「韓の都」は、首都「京城(ソウル)」のこと。李朝時代は「漢城」と言う。日韓併合後は「京城(けいじょう)」と呼称され、日本の敗戦後(一九四五年)に「ソウル」となった。

十一、あゝ(われ)如何(いか)に (ふところ)の (つるぎ)なりを (ひそ)むとも (むせ)ぶ涙を 手に受けて 哀しき歌の 無からめや

(注)懐に忍ばせている剣はあれども、悔し涙を手のひらで受けて、悲しく歌うばかりである。

十二、()が歌声の 高ければ 酒に狂うと 人の言う 我に過ぎたる 望みをば 君ならではた 誰か知る

(注)大声で歌うと(高吟すると)、人は酒に酔って狂っているのだと言うが、そうではない。「我に過ぎたる 望みをば」は、自分の身に不相応な大きな望みの八紘一宇、即ち、世界の平和を打ち建てるという抱負を言うのであろう。「君ならではた 誰か知る」とは、君以外にこの思いを誰が知ろうか、君だけが解かってくれているのだ。

十三、誤まらずやは 真心を 君が詩いたく (あらわ)なる 無念なるかな 燃ゆる血の (あたい)(すく)なき(すえ)()

(注)「誤まらずやは 真心を 君が詩いたく 現わなる」は、君の詩は飾り気はないが、真情を誤解させたりしないだろうか。「無念なるかや 燃ゆる血の 価少なき 末の世や」は、今は血を燃やしても、その甲斐のない世の末である。無念である。

十四、(おの)ずからなる 天地(あめつち)を ()ふる(なさけ)は 洩らすとも 人を(ののし)り 世を(いか)る 激しき歌を ()めよかし

(注)「自づからなる天地を 恋ふるなさけは 洩らすとも・・・」自分と同じと思う天地を愛する心は、(おおやけ)にしてもよいが、人を(ののし)り、世を(いか)るような激しい歌は(つつし)もうではないか。

十五、口を開けば (そね)みあり 筆を握れば (そし)りあり 友を(いさ)めて 泣かせても (なお)行くべきや 絞首(こうしゅ)(だい)

(注)今の世では、何か口にすれば嫉妬され、また、何か書いても非難される。友を諌めても、嘆かしても、絞首台で死刑になるべきではない。友よ!我慢しようではないか。

十六、同じ(うれ)いの 世に住めば 千里(せんり)空も (ひと)(いえ) (おの)(たもと)と 言う(なか)れ やがて二人の 涙ぞや

(注)憂国の情を同じくしている限り、千里を隔てたとしても、(二人は)一つ家(一軒家)に居るのと同じことだ。自分一人泣けば良いと言うものではない。衣の「袂」も一つで、二人で涙を拭くのだよ。

十七、はるばる寄せし 丈夫(ますらお)の 嬉しき(ふみ)を (そで)にして 今日(きょう)北漢(ほっかん) 山の上 駒立(こまた)()は 日の()づる(かた)
(注)「北漢の山」はソウルの北辺にある「北漢山」を指す。ソウル市を取り巻く山の中では最も高く目立つ山であり、城壁が残っており「北漢山城」と呼ばれている。
 鉄幹は、この「北漢山上」で遠い日本から届いた友の手紙を袖に入れて、馬上から遥かに、日の出づる方、即ち、日本を望む姿で、この長詩を詠んだのであろう。(完)

 ところで、森繁久弥氏が歌った歌詞の中に異なる二節がある。

(番外)げに青春の 燃え行かぬ (もつ)れて()けぬ 悩みかな 君が無言の 微笑みが 見果てぬ夢の 名残りかな

(番外)あゝ青春の 今か逝く 狂うに早き 春の日の (うたげ)の森の (はな)(むしろ) 足音も無き 時の舞

人を恋ふる歌」(映画「浮雲日記」)(歌、ボニージャックス TOP


吉永小百合さん
”才長けて、身目麗しく、情けあり”

芸達者な「若村真由美さん

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