変装(へんそう)夜這(よば)い女のリベンジ・・・万葉集より」(昔風)
 さて、落語もしくは講談の一席になりそうな男と女のやりとりである。
大伴(おおとも)田主(のたぬし)(あざな)仲郎(ちうらう)と言う。容姿は佳艶、風流、かつ、秀絶(しうぜつ)である。(みる)人聞者(ひときくもの) (たん)不歎息(そくせざるはなし)(以下、仲郎(ちうろう)と呼ぶ)は大伴(おおとも)旅人(のたびと)の弟で、大伴家持(やかもち)の叔父である。すごい美男で、かつ、粋人とある。
大伴田主 字曰仲郎 容姿佳艶 風流秀絶 見人聞者 靡不歎息(漢文、添書き、以下同じ)
 時に石川郎女(いしかわのいらつめ)と言ふ人あり。(もとより) 双栖之(そうせいの)(同棲の)(おもひ)(つねに)独身(ひとりみ)(のかたき)(をかな)(しぶ)(りやう)良信(しんをほっする)ところ(恋文を届けてくれる人)に会えず。
時有石川郎女 自成双栖之感 恒悲独守之難 意欲寄書 未逢良信
 石川郎女(いしかわのいらつめ)(以下、郎女(いらつめ)と呼ぶ)は同名の女性が複数いたともされるが、美人で恋多く、歌の名人であり、万葉集には郎女(または、女郎)の名で八首の歌を残している。 ここでの郎女は、恒に独身を守ることが難しいことを悲しみ、そして、絶えず同棲したいと思っていたとある。そして、仲郎に思いを伝えたいが、恋文を届けてくれる適当な人を見つけられなかった。
 そこで方便作(ほうべんをさく)す。つまり、(いやしき)(おうな)(みすぼらしい老女)に似せて、(なべ)土鍋(ゆきひら))を(おのれ)()げ(仲郎の)寝側(しんそく)(寝ているそば)に到る。
爰作方便 而似賤嫗 己提堝子 而到寝側
 そこで、女から夜這いを仕掛ける計略を練った。しかしもし、失敗して惨めな思いをしたくない。誰かに見つかり噂になろうものなら恥ずかしい!。で、郎女は老婆に変装することにした。土鍋を提げて火を貰いに仲郎の寝ているそばまで行ったのである。
 哽音(きやうおんてきそく)し(老婆らしい吃音(きつおん)でよたよたと歩き)、戸を叩いて(いわく)
哽音足 叩戸諮曰 東隣貧女 将取火来矣
()()()、東隣りの婆さんじゃが、()()火種(ひだね)を貰えんかのぉ』とでも。
 ここで仲郎、暗き裏に冒隠(ぼういん)(かたち)を知らず。(真っ暗なので変装してるとはわからず)慮外(りょがい)拘接(くせふ)(たばかり)()へず。(郎女が同衾しようとする計略には思いが至らず)
於是仲郎 暗裏非矣識冒隠之形 慮外不堪拘接之計
 思ひのままに火を取り、(あと)()きて帰り()らしむ。
任念取火 就跡帰去也
 郎女の変装と演技が出来過ぎであったのか、仲郎は思いが至らないままに、火を与えて来た道を帰してしまった。
 明けて後に郎女は、(すで)自媒(じばい)(自分で申し込むこと)の()づべきことを恥ぢ、また、心契(しんけい)(心で期待すること)の()らざることを恨む。
明後女郎 既恥自媒之可愧 復恨心契之弗果
 朝になり郎女は女から夜這いを仕掛け、失敗したことが惨めで慚愧(ざんき)に堪えず、また、仲郎の期待外れのそっけなさを恨みに思う。
()りてこの歌を作りて謔戯(きやくき)(たわむれごと)として贈る。
因作斯歌 以贈謔戯焉
 郎女は逆恨みで仲郎に腹を立て、冗談に見せて歌を贈った。

石川郎女大伴宿禰田主贈歌一首
 石川郎女は、大伴宿禰田主に歌一首を贈る。
風流男(みやびを)と (あれ)()けるを 宿(やど)()さず (あれ)(かえ)せり おぞの風流男(みやびを)
遊士跡 吾者聞流乎 屋戸不借 吾乎還利 於曾能風流士(万葉仮名)(巻二 一二六)
「かねて粋な人だと聞いていたのに、泊めてくれず帰してしまうとは、聞いてあきれるわ。なんと間抜けな粋な人だこと。」(「」内は口語訳)
大伴宿祢田主報贈歌一首(漢文)
 大伴宿祢田主は、報いて贈る歌一首。
風流男(みやびを)に (あれ)はありけり 宿(やど)()さず (かえ)しし(あれ) 風流男(みやびを)にはある
遊士尓 吾者有家里 屋戸不借 令還吾曾 風流士者有(万葉仮名)(巻二 一二七)
「何を言うか!やはり私は粋な男だ。泊まらせず帰した私こそ粋な男だ。」(「」内は口語訳)
 これは(ののし)り合いだ。更に郎女が歌を贈る。
同石川郎女更贈大伴中郎歌一首(漢文)
 石川郎女は、更に大伴中郎(仲郎)へ、歌一首を贈る。
()()きし (みみ)によく()ば (あし)(うれ)の (あし)ひく吾夫(あがせ) (つと)めたぶべし
吾聞之 耳尓好似 葦若末乃 足痛吾勢 勤多扶倍思(万葉仮名)右 依中郎足疾 贈此歌問訊也(漢文)(巻二 一二八)
「私が聞いた噂の通りです。葦の葉先みたいに、ぐにゃぐにゃ足のあなた、足を治されたらいかがですか。お大事にね。」(「」内は口語訳)

『郎女はわざわざ「ぐにゃぐにゃ足を治されたらいかがですか」と足疾(足の病気)をお見舞いしている。』ちなみに、男の足は二本の足ばかりでなく、嫌味以外の何ものでもない。「すごい美男で、かつ、粋人と噂される」仲郎は、さどや歯ぎしりしたであろうか。もしくは、「なにがこの夜這い女め!」と聞き流したのであろうか。万葉集にこれ以降の歌は残っていない。仲郎はここで罵り合いに終止符を打ち、だんまりを決め込んだ。なるほど、何と言い訳しようとも男を下げるだけである。
 この歌のやりとりは万葉集に収載され、郎女のリベンジ(復讐)は成功したかに見える。(完)
以下は万葉集にある添書き(漢文)と、郎女と仲郎の歌(万葉仮名)である。
大伴田主 字曰仲郎 容姿佳艶 風流秀絶 見人聞者 靡不歎息也 時有石川郎女 自成双栖之感 恒悲独守之難 意欲寄書 未逢良信 爰作方便 而似賤嫗 己提堝子 而到寝側 哽音足 叩戸諮曰 東隣貧女 将取火来矣  於是仲郎 暗裏非矣識冒隠之形 慮外不堪拘接之計 任念取火 就跡帰去也 明後女郎 既恥自媒之可愧 復恨心契之弗果 因作斯歌 以贈謔戯焉(以上は漢文、添書き)石川郎女大伴宿禰田主贈歌一首(漢文、添書き、以下同じ)
遊士跡 吾者聞流乎 屋戸不借 吾乎還利 於曾能風流士(万葉仮名)
大伴宿祢田主報贈歌一首(漢文)遊士尓 吾者有家里 屋戸不借 令還吾曾 風流士者有(万葉仮名)同石川郎女更贈大伴中郎歌一首(漢文)右 依中郎足疾 贈此歌問訊也(漢文)吾聞之 耳尓好似 葦若末乃 足痛吾勢 勤多扶倍思(万葉仮名)(以上)夜這い」Wikepedia

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(違っていたらゴメンね)
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