遊行婦女蒲生(うかれめかまふ)」

「大伴家持(以下、家持)」は、天平十八年(七四六年)(家持、二十九歳)から約五年、「越中国守」として富山県高岡市伏木の国府へ単身赴任していた。天平勝宝三年(七五一年)、家持は国守の任を解かれ大和(奈良)へ帰ることになり、正月二日の新年宴会であるが、「家持」の送別の宴でもあった。(家持、三十四歳)
(あらた)しき (とし)(はぢ)めは (いや)(とし)に (ゆき)()(なら)し (つね)かくにもが
新 年之初者 弥年尓 雪踏平之 常如此尓毛義(万葉仮名)(巻十九 四二二九)
右一首歌者 正月二日 守館集宴 於時 零雪殊多 積有四尺焉 即主人大伴宿禰家持作此歌也(漢文)
 「新しい年の初めは、良い年になりそうである。(多くの訪問客が)降り積もった雪を踏み平し(ならし)て(この館)へ来ている。いつもこのように(平和で)あってほしいものだ。」
 また、添書きに「右の一首の歌は、正月二日、国府の館に集まり新年の宴を催した。その時、例年より冷雪が多く、積雪は、四尺(一メートル二十センチ)にもなった。そこで「大伴宿禰家持は此の歌を作る也」とあり、国守の館へ多くの訪問客が来て、雪の道が平らになっていることを喜んでいるのである。

 翌日、正月三日の新年宴会は前日と異なり、国府の役人である「介内蔵忌寸縄麻呂(すけくらのいみきなわまろ)」の館で開催された。
()(ゆき)を (こし)になづみて (まい)()し (しるし)もあるか 年の(はぢ)めに
右一首 三日会集介内蔵忌寸縄麻呂之館宴楽時大伴宿禰家持作之(漢文)
落雪乎 腰尓奈都美弖 参来之 印毛有香 年之初尓(万葉仮名)(巻十九 四二三0)

 「年の初めに降った雪に腰まで漬(つ)かりながら参上した。その甲斐がきっとある。めでたし、めでたし。』添え書きに、右の一首は、三日、縄麻呂の館に集まり、楽しい宴であった。大伴宿禰家持作る。とある。

 この縄麻呂の館には、宴会の引き出物として、降り積もった雪を重なる岩山のように彫刻し、草木の彩(いりどり)と見せる趣向がしてあった。
『その(とき)積雪(せきせつ)重巌(ちょうがん)()てるを()()し、()()みに草樹(そうじゅ)(はな)(いろどり)(はつ)す、これに()けて(じょう)()(めの)()(そみ)(ひろ)(なわ)が作る歌一首』
干時 積雪彫成重巌之起 奇巧綵発草樹之花 属此掾久米朝臣広縄作歌一首(漢文)
 「その時、積雪を彫り成して重なる岩山を作り、巧みに草木の花の彩(いろどり)を出していた。これを見て掾(じょう、家持の部下)の久米朝臣広縄(くめのあそみひろなわ)が作った歌一首」
 その「久米朝臣広縄」が作った歌
なでしこは (あき)()くものを (きみ)()の (ゆき)(いわほ)に ()けりけるかも
奈泥之故波 秋咲物乎 君宅之 雪巌尓 左家理家流可母(万葉仮名)(巻十九 四二三一)
 「撫子(なでしこ)は秋に咲く花なのに、貴殿の館では、雪の巌(いわお)に、(時ならず)咲いていますね。」ホストの縄麻呂の洒落た趣向を誉めている。

次は遊行婦女蒲生(うかれめかまふ)歌一首
(ゆき)(しま) (いわほ)()ゑたる なでしこは 千代(ちよ)()かぬか (きみ)(かざし)
遊行婦女蒲生娘子歌一首(漢文)
雪嶋 巌尓植有 奈泥之故波 千世尓開奴可 君之挿頭尓(万葉仮名)(巻十九 四二三二)
 「雪の島の巌(いはお)に植えた撫子(なでしこ)は、貴方の簪(かんざし)で、いついつまでも咲いていたいの。』撫子の簪は私(蒲生)なのよ。

 大伴家持は季節の花を髪に指していた。(下の画は大伴家持)

 さて、遊行婦女蒲生の言う「君(あなた)」とは誰であろうか。この家の主の縄麻呂、広縄、もしくは、家持、それとも同席の男すべてに可能性を感じさせる。蒲生の遊行婦女らしい歌である。(注)「遊行婦女」へ

 更に酒宴が深くなって鶏が鳴いた。もう夜が明ける。これに因(よ)りて「縄麻呂」が作る歌、一首。
()羽振(はぶ)き (とり)()くとも かくばかり ()()(ゆき)に (きみ)(いま)さめやも
干是 諸人酒酣 更深鶏鳴 因此 主人内蔵伊美吉縄麻呂作歌一首 (漢文)
打羽振 鶏者鳴等母 如此許 零敷雪尓 君伊麻左米也母(万葉仮名)(巻十九 四二三三)
 「羽根をバタバタさせ鶏は鳴いても、これほど迄も降りしきる雪に、御一同さんはとても帰られますまい。』ムリして帰らず明日まで飲もうよとホストの縄麻呂が言う。

 越中弁(富山弁)で鶏が羽根をバタバタさせて鳴いとるがいね。呑んでるうちに夜も明けたちゃ。デカイと雪も降っとっちゃ!こんながに、あんたら帰れるわけがなかろが。ダラじゃないがけ?ここにおられま。呑まんまいけ。いゝにゐか。となる。

そこで、家持が一首
()(とり)は いやしき()けど ()(ゆき)の 千重(ちへ)()めこそ ()等立(がた)ちかてね
守大伴宿祢家持和歌一首(漢文)
鳴鶏者 弥及鳴杼 落雪之 千重尓積許曾 吾等立可氐祢(万葉仮名)(巻十九 四二三四)
 「夜が明けたと鶏はしきりに鳴いているが、降る雪が千重に積もっているので我等は帰るにも帰れないではないか。」家持は雪がたくさん降って帰れないと言うが、本心は帰りたくないのである。ここに遊行婦女蒲生もいることだし。(この時は単身赴任の家持の所へ妻が来て官舎で待っている)
 以上の六首の歌は、各々、宴会の情景を彷彿とさせ見事な歌々である。

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富山湾から見る立山連峰

なでしこの花(万葉植物園)

太地喜和子さん


五箇山の冬景色(富山県)


飛鳥の春(上村松篁画)

大伴家持は簪(かんざし)
を髪に指そうとしている
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